ラシード・ウッディーン?

『集史』という名で知られる書がある。14世紀初にイル・ハン朝の宰相ラシード・ウッディーンによって書かれた、モンゴル史を中心とした世界史である。ラシードはユダヤ人の家に生まれたが、後にイスラムに改宗し、彼の進言によってイル・ハン朝もイスラム教を国教とするようになる。
問題は「ラシード・ウッディーン」という読みである。ユダヤの家庭に生まれ、おそらくはペルシャ語を母語とした彼の通り名がアラビア語風であることがまず問題を複雑にする。当時の彼自身による発音を再現するのは容易ではない。アラビア語として読むという原則に従うとしても、悩みはなかなか深い。アラビア文字の綴りはローマ字に翻字すると、{R-SH-Y-D A-L-D-Y-N}となる(「A」はアリフを表す)。あまり解釈を加えずに転写すれば、「Rashīd al-Dīn」である。欧米でもこのように綴られることが多い。では、日本語ではどう読むのか?よく見かけるのは「ラシード・ウッディーン」であるが、そのほかにも「ラシード・アッディーン」や「ラシード・アルディーン」などがある。これらは一体どのような方針に基づいているのか?
第1の方針として、「Rashīd al-Dīn」をそのままローマ字読みにするという方法があり得る。その場合、「ラシード・アルディーン」となる。実際の発音はともかく、もとの綴りを想起しやすいという利点がある。
第2の方針として、いわゆる正則アラビア語の発音に忠実に読む方法がある。その場合、「ラシードゥッディーン」となるだろう。インターネットの百科事典「Wikipedia」の日本語版ではこの読みを採用している。アラビア語の定冠詞「al」は修飾語の中ではその母音が発音されないという規則がある。また、この「al」の「l」は後続の「d」に同化する。結果として「Rashīduddīn」のように読まれることになる。
第3として、折衷案というか中途半端な方法として、定冠詞「al」の母音はそのままにしておき、子音のみ「d」に同化させて「ラシード・アッディーン」という読む方法がある。これは直接には、欧米で時折見かける「Rashid ad-Din」という綴りを読んだのかも知れない。
一般に通行している「ラシード・ウッディーン」はどうやら第2の方法をやや不正確に採用したものと考えられる。個人的には第1ないし第2の方針に従うのがよいと思うが、理論よりも習慣が勝つのが言葉の世界の常である。

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